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ストラテジーレターⅢ: もとに戻してくれ!


Joel Spolsky ジョエル・スポルスキ
翻訳: Yasushi Aoki 青木靖
2000/6/3

あなたが人々を競合製品からあなたの製品に乗り換えさせようとするなら、あなたは参入障壁について理解する必要があり、それもあなたが思っているよりずっと良く理解している必要があり、そうでなければ人々は乗り換えず、あなたはテーブルが空くのをただ待ち続けることになるだろう。

以前のレターで、私は2種類の会社の間の違いについて書いた:確立した競合を置き換えようとするベン&ジェリー・タイプの会社と、確立した競合のいない新しい領域で「土地収用」しようとするアマゾン・タイプの会社だ。私が90年代の初めにMicrosoft Excelの仕事をしていたとき、それは正真正銘ベン&ジェリータイプだった。Lotus 123という確立した競合がほとんど完全にスプレッドシートのマーケットを独占していた。確かに新しくコンピュータを買うユーザがExcelを使い始めるということもあったが、大部分については、もしMicrosoftがスプレッドシートを売りたければ、人々を乗り換えさせる必要があった。

あなたがその立場にいるとき、あなたのすべき最も重要なことはそれを認めるということだ。ある種の会社にはそれすらできない。私の最近の雇い主だったJunoのマネジメントはAOLがすでに支配的な立場を築いていたことを認めようとしなかった。彼らは「まだオンラインになってない何百万という人々」のことを語っていた。彼らはまた「どんなマーケットでも、2つのプレーヤの余地があるものだ:タイムとニューズウィーク、コカコーラとペプシ、などだ。」と語った。彼らが決して言おうとしなかったことは、「私たちは人々をAOLから乗り換えさせる必要がある。」ということだ。私は彼らが何を恐れていたのか分からない。あるいは「眠れる獅子を目覚めさせる」ことを恐れていたのかもしれない。株主総会でJunoのスタープログラマ(いえいえ、私じゃないよ)が厚顔無礼にも素朴な質問をした。「どうして我々はAOLのユーザを乗り換えさせるためにもっと手を打たないのか?」彼らは彼を連行して一時間の間彼を怒鳴りつけ、彼が約束されていた昇進も取り消した。(彼の才能を引き抜いたのは誰だと思う?)

確立した競合のいるマーケットにいること自体には、悪いことは何もない。実際、あなたの製品がeBayのように革新的に新しかったとしても、あなたにはたぶん競合がいる:ガレージセールだ!あんまり難しく考えないことだ。あなたの製品が何らかの点でより優れているなら、あなたが人々を乗り換えさせられるチャンスは十分にある。しかしあなたはそのことについて戦略的に考える必要があり、そして戦略的に考えるというのは当たり前なことより一歩先を考えるということだ。

人々を乗り換えさせる唯一の戦略は、あなたの製品から障害を取り除くことだ。今が1991年だと思って欲しい。100%のマーケットシェアを持つ支配的なスプレッドシートはLotus 123で、あなたはMicrosoft Excelのプロダクトマネージャだ。自分に問うてほしい:乗り換えに対する障害は何か?人々が明日のExcelユーザとなることを妨げているものは何か?

障害  
1. 彼らはExcelのことを、そしてそれがより優れた製品であることを知る必要がある  
2. 彼らはExcelを買う必要がある  
3. 彼らはExcelを動かすためにWindowsを買う必要がある  
4. 彼らは既存の123のスプレッドシートをExcelのスプレッドシートに変換できる必要がある  
5. 彼らはExcelでは動かないキーボードマクロを書き直す必要がある  
6. 彼らは新しいユーザインタフェースについて学ぶ必要がある  
7. より多くのメモリを積んだより速いコンピュータが必要になる  

その他、もろもろ。これらの障害を、あなたが人々をあなたの顧客として数える前に、その人たちが走らなければならない障害物コースだと考えてみよう。 1000人のランナーがいる競技場で開始すると、その半分はタイヤに足を取られ、生き残りのうちの半分は壁を乗り越えられず、さらにその生き残りの半分は縄梯子から泥に落ち、といった具合にして、すべての障害物を乗り越えられるのは1人か2人というところまでいく。障害が8つか9つもあれば、交渉の余地のない取引をぶち壊してしまうものが誰でも1つくらいはあるだろう。

この計算が意味するのは、乗り換えへの障害を取り除くことが、既存のマーケットに入っていくためにあなたがしなければならない最も重要なことだということであり、それはただ1つの障害を除くことがあなたの売り上げを2倍にするからだ。2つ目の障害を取り除けば、あなたは再び売り上げを2倍にする。Microsoftは障害物のリストを見て、そのすべてに取り組んだのだ。

障害 ソリューション
1. 彼らはExcelについて、そしてそれがより優れた製品であることを知る必要がある Excelを広告し、デモ版を配り、製品紹介全国ツアーを行う
2. 彼らはExcelを買う必要がある 123からExcelに乗り換えるユーザに対しディスカウントを提示する
3. 彼らはExcelを動かすためにWindowsを買う必要がある ランタイム版のWindowsを作り、Excelと一緒に無料で提供する
4. 彼らは既存の123のスプレッドシートをExcelのスプレッドシートに変換できる必要がある Excelに123のスプレッドシートを読み込める互換機能を持たせる
5. 彼らはExcelでは動かないキーボードマクロを書き直す必要がある Excelで123マクロを実行できるようにする
6. 彼らは新しいユーザインタフェースについて学ぶ必要がある 古いやり方に慣れている人のために、LotusのキーストロークをExcelが解釈できるようにする
7. より多くのメモリを積んだより速いコンピュータが必要になる ムーアの法則がコンピュータパワーの問題を解決するまで待つ

そしてこれはとてもうまくいった。障害を取り除く絶え間ない努力によって、彼らはゆっくりとLotusからマーケットシェアを引き出していった。

古い独占から新しい独占への移行が起こるときにしばしば見受けられるのは、魔法の「ティッピングポイント」があるということだ:ある朝目を覚ますと、あなたの製品のマーケットシェアは20%ではなく80%になっている。この転換はとても短期間に起こる(VisiCalcから123をへてExcelへ、WordStarからWordPerfectをへてWordへ、Mosaicから NetscapeをへてInternet Explorerへ、dBaseからAccessへ、などなど)。それは通常最後の障害がなくなり、突然誰にとっても乗り換えが理にかなったものとなったために起きる。

自明な参入障壁を修正するために作業するのが重要なのは当然だが、しかしそれらへの対処ができたと思ったら、つぎにそれほど自明でない障壁が何かを捉える必要がある。戦略がトリッキーなものになるのはここにおいてであり、それは人々が乗り換えるのを阻んでいる自明でない要因というものがあるからだ。

例を挙げよう。この夏私はほとんどの時間をビーチ近くにある家で過ごしているが、私宛ての請求書は依然ニューヨークのアパートに届く。そして私はよく旅行をする。PayMyBills.comという素敵なWebサービスがあり、それはあなたの生活を単純にしてくれる。あなたの請求書はすべて彼らに送られ、彼らはそれをスキャンして、あなたがどこにいようとそれを見られるようにWebに載せる。

さて、PayMyBillsは月に9ドルほどかかり、それはリーズナブルに思え、使ってみようかという気になるが、しかし私は過去にDatekのようなネット上の金融サービスでひどい目に会っており、それがあまりに多くの計算間違いをしたので彼らがライセンスを取得できたのが信じられないほどだった。そのため、私は喜んでPayMyBillsを試してみたいと思うが、しかし気に入らなかったときには以前のやり方に戻れることを望むだろう。

問題は、PayMyBillsを使った後、もし私がそれを気に入らなかったら、すべてのクレジットカード会社に電話して請求書送付先住所をまた変更しなければならなくなるということだ。それは大仕事だ。そして元に戻すことの面倒さへの恐れが私を彼らのサービスから遠ざけているのだ。私は以前これを「ステルス・ロックイン」と呼んで感心していたものだが、しかし潜在的な顧客がそれに気づいたなら、あなたはトラブルに見舞われるだろう。

これは参入障壁だ。入るのが難しいのでなく、出るのが難しいという。

そしてこれはExcel4.0のときに起きたティッピングポイントのことを思い起こさせる。そしてそれが起きた最大の理由は、Excel 4.0がLotusのスプレッドシートを保存できる最初のバージョンだったということだ。

そう、聞いたとおり。読めるだけでなく、書けるのだ。人々がExcelに乗り換えるのを妨げていたのは、彼らが一緒に働いている人々が依然としてLotus 123を使っていたことだと分かった。彼らは他の誰も読めないスプレッドシートを作る製品を欲しいとは思わなかったのだ。典型的な鶏と卵問題だ。あなたが会社のほかの人がみな123を使っている中にいる孤独なExcelファンであるなら、あなたがたとえExcelを愛していたとしても、123のエコロジーに参加できるようになるまでは、あなたは乗り換えることができない。

マーケットを取るためには、あなたはすべての障害に取り組む必要があるのだ。あなたが潜在的な顧客の50%をつまずかせる障害を 1つ見落としただけで、あなたはマーケットシェアの50%を取ることができず、あなたは決して支配的なプレーヤーを置き換えることはなく、そしてあなたは鶏と卵問題の(オムレツの)地味な側にとどまるのだ。

問題は多くのマネージャが一度にひとつの戦略しか考えないことで、それは一手先しか考えようとしないチェスプレーヤーみたいなものだ。彼らの多くは言うだろう。「人々がこちらの製品乗り換えられるようにするのは重要だが、なぜこちらの製品からよそへ乗り換えられるようにするために限られた開発予算を無駄にしなければならないのか。」

これは戦略に対する子供じみたアプローチだ。それは独立書店主が「どうして人々が私の店で快適に立ち読みできるようにしてやる必要があるんだ?私は彼らに本を買ってもらいたいんだ。」と言っているのを思い起こさせる。そしてある日、バーンズ・アンド・ノーブルが人々に本を買わないで店の中で読んでくれと頼んでいるかのように、店の中にカウチカフェを設置する。さて、あなたは汚い手にしこたま本を抱え込んで一度に何時間も店の中に座り込んで本を読んでいる大勢の客をかかえるようになり、そして彼らが欲しいと思う本を見つける確率は彼らが店の中で過ごす時間に比例しており、アイオワシティにある最も小さなバーンズ・アンド・ノーブルの店舗でさえ毎分何百ドルもかき集めている一方で、独立書店はビジネスから脱落していく。マンハッタンのアッパーウェストサイドにあるシェイクスピア・アンド・カンパニーが店をたたんだのはバーンズ・アンド・ノーブルのほうが値段が安かったからではなく、バーンズ・アンド・ノーブルのほうがより多くの人間を建物の中にかかえていたからだ。

戦略に対する成熟したアプローチは、潜在的な顧客に何か強いるようなことはしないということだ。まだあなたの顧客ですらない人々をロックインしようとするのはいい考えではない。あなたが100%のマーケットシェアを手に入れたら、そのときロックインについて話をしよう。そうなるまでは、あなたが今彼らをロックインしようとするなら、それは早過ぎ、顧客の誰かがあなたのその行動に気づくと、結果的にあなたは彼らを締め出すことになる。誰も将来における自由を抹殺するような製品に乗り換えたいとは思わない。

もっと新しい例を見てみよう:ISPというのは非常に競争的なマーケットである。あなたがサービスをやめた後もずっとemalを他の emailアドレスにフォワードしてくれるというのはどのISPも提供していないサービスだ。それはもっともたちの悪い小心な考えのためであり、誰もそれに気づいていないことに私はとても驚いている。あなたが小さなISPで人々を乗り換えさせたいと思っているなら、その人たちは最大の障害について心配しているだろう:友達全員に新しいemailアドレスを知らせなきゃいけないということだ。だから彼らはあなたのサービスを試そうとも思わない。彼らが試してみるとしても、うまくいかなかった場合を考えて、当分は新しいアドレスを友達に教えようとはしないだろう。それは彼らが新しいアドレスにあまり多くのeamilを受け取らないということを意味し、それでは彼らはサービスを気に入るか本当に試しているとは言えず、これはどちらにとってもマイナスだ。

さて、ある勇敢なISPが次のような約束をしたとしよう:「試してみてください。もしお気に召さない場合でも、私たちはあなたのemialアカウントを残し、どのISPにでも無料であなたのemailをフォワードします。いつまででも。ただ私たちに教えていただければ、ISPをいくら変えても構いません、私たちはあなたの恒久的なフォワーディングサービスです。」

もちろん、ビジネスマネージャは引き付けを起こすだろう。どうして顧客が我々のサービスをやめやすくする必要があるんだ?そう言うのは近視眼というものだ。彼らはまだあなたの顧客ではないのだ。彼らが顧客になる前にロックインしようとするのは、ただ彼らをロックアウトすることになるだけだ。しかし彼らが気に入らないときにサービスを簡単にやめられるようにすると率直に約束するなら、あなたは突然、さらにひとつの参入障壁を消したことになる。そして私たちが学んできたように、参入障壁をただ1つ消すことでさえ、切り替えに対して劇的な効果を及ぼしうる。そして、やがてはあなたが最後の参入障害を打ち倒したときに、人々はなだれ込み始め、しばらくは人生は素晴らしいものとなるだろう。あなたに対して誰かが同じことをするまでは



この記事の原文(英語)は Strategy Letter III: Let Me Go Back! です。 

ジョエル・スポルスキは、ニューヨーク市の小さなソフトウェア会社  Fog Creek Software の設立者です。イェール大学を卒業後、マイクロソフト社、Viacom社、 Juno社でプログラマとして働きました。


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