Joel on Software

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ケンブリッジの春


Joel Spolsky ジョエル・スポルスキ
翻訳: Yasushi Aoki 青木靖
2001/3/19

気温は10度以下で風の冷たさは冬のものだったが、今日は起きて外に出ると、ついに春がやってきたように感じた。最初にそれに気づいたのは、先週の金曜日にFog Creekの庭に戻り、Tシャツ一枚でいても寒く感じなかったときだったかもしれない。

春は私に一連の奇妙な連想を呼び起こす。夕食後に外に出てもまだ日が残っていることを思う。庭では花が咲き、本がたくさんあって、床が本当の木でできている、古くて散らかったすてきな家に住んでいることを思う。春が素晴らしい2つのお気に入りの場所、バークレーとボストンのことを思う、そこは学びと教育と、若者の抑えがたい熱中と、何だってできるという気持ちを包んでいる町だ。私は大学に来たばかりの一年生で、自分の人生がどういう形を取っていくのかについての基本的な考えも持っていなかったが、私が兵役で過ごした言語を絶する時間に比べたら、どんな形の生活だってユートピアに思えた。私は劇場に行くことができた!学校新聞に書くこともできた!政治!ハッキング!教育!アート!水泳選手にだってなれる!ピアノの演奏!何だって可能だ!

1993年頃だったと思うが、私はついに自宅からWWWにアクセスできるようになった。PanixのSLIP接続は月35ドルだった。最初に私を魅了したのは、フィリップ・グリーンスパンのTravels with Samanthaだった。14.4ボーの接続、スクリーンサイズ640x480、16色のVGA画面では、画像はほとんど判読できなかった。しかしグリーンスパンの個人日記のスタイルはとても魅力的だった。彼はロスアラモスでの3ヶ月の生活がどんなに孤独だったかについて話した。彼はオンラインコミュニティを立ち上げる方法について話した。彼は5000ドルする彼のバイキングストーブについて話した。

グリーンスパンは私たちの多くを感化した。彼はarsDigitaという会社を起し、それはよくあるインターネットコンサルティング会社のひとつにすぎなかったが、しかし2つの点で独特だった。

それは個人の声を持っていた。そのホームページに行くと、楽しげな小さなノートがあり、新しいオフィスのことや最新のコースの紹介をしていた。そのスタイルは企業の退屈な告知とは違っており、フィリップがあなたに語りかけているのだ:あなたにお金がないなら無料のサービスがあるし、もしお金持ちなら、たくさんのお金と引き替えにあなた自身のすてきなサービスを作ってあげましょう、だって将来はとても明るくて、サングラスが必要なのだから。

そしてそこでは教育をしていた。Webは新しく、エキサイティングで、際限のない可能性があった。誰もがそれについて学びたいと思い、arsDigitaはそれをただであなたに教え、一冊のから始めて、それは15ドルくらいだったけど本当はもっとしたはずで、それというのもまったく関係のないフルカラーの写真で埋められていたからで、それがそこにあるのはただ著者の自己中の写真趣味を満足させるためのようだったが、しかし実際それがあまりに明るく、カラフルで楽観的なので、誰であれインターネットの将来について楽観的になり興奮することなくその本(あるいは写真でいっぱいのグリーンスパンのWebサイト)を読むことはできず、そしてそれを読んだなら、そこにはフィリップのようにコンサルティング会社を始めてインターネットで金持ちになるための方法を解説した章まであり、値段の付け方とか年に25万ドル稼ぐための詳細な皮算用とか、それに5千ドルのバイキングストーブや、春には花が咲き乱れタンクトップを着た楽観的な学生達がそこらじゅうにいるハーバードスクウェアに素晴らしいコンドミニアムを手に入れる方法とかが書かれていた。それは意識の流れのまま、成り行き任せで、Oracle SQL文の生焼けのインチキな断片が散らばってはいるが、ああ、しかし、そこには個人の声があった。

(arsDigitaの誰かが、「ジョエル、それは違う!arsDigitaを区別しているのはオープンソースだ。」とか、あるいはコミュニティだとか、あるいはコンテンツマネジメントソフトウェアだとか言うだろうことは分かっている。ごめんなさい、そんな話は私を退屈させる。私が興奮するのはarsDigitaが個人の声をインターネット上に持つそのやり方であり、それは人々が人間的な仕方でそれに関わることを可能にし、それが人々が欲していることなのであり、なぜなら私たちは人間だからだ。)

Fog Creek SoftwareがarsDigitaに触発されている部分は少なくない。この会社のコードネームは「PaxDigita」だったし、グリーンスパンの皮肉混じりのスローガン「我々はベンチャーキャピタルを持たず、を持つ」からインスピレーションを受けた。arsDigitaはそれで収益性を確保するのに十分だと考えていたのだ。

arsDigitaが間違っていたことが2つあると思う。第一に彼らはコンサルティングがあまり良くスケールしないということを理解していなかった。本当にインパクトのあることをしたいなら、ソフトウェアをライセンスする必要がある。プロジェクトで働くコンサルタントが上げる儲けは10%から 20%だ。あなたがソフトウェアをライセンスしたなら、あなたの売るそれぞれの限界単位は100%収益となる。ソフトウェア会社の評価額がしばしばコンサルティング会社の25倍にもなる理由がこれだ。コンサルティングは重要であり、顧客と接する機会を与えてくれ、ソフトウェア開発の原資ともなるが、私たちのゴールはソフトウェア会社になることだ(arsDigitaはこの教訓を学んだもののようだ。CEOのアレン・シャヒーンが次のように書いている。「我々は別なライセンス形態のソフトウェア製品の開発とマーケティングも考えている。この投資はオープンソース製品のACS(ArsDigitaコミュニティシステム)に対する投資に加えて行うものだ。私たちがこのアプローチを考えているのは、それによって新しい機能や拡張機能の開発を加速できるからだ。」これは「今後新機能は有料になる」ということのハッピートークだ。)

arsDigitaについて気に入らないもう1つの点は、そのMicrosoftに対するほとんど宗教的なまでの反感だ。決してMicrosoft 製品を使わないことで「リスクを取り除いた」という根深い信念がarsDigitaにはあった。真実は、単に彼らがMicrosoft製品について何も知らなかったということだ。彼らの宗教的な偏狭は、私にはただ偏狭としか映らない。ラザルス・ロングの言葉に「私は何も信じない。それは学ぶことの妨げとなる。」というのがある。あなたが「我々はUnixの方が良く分かっているので、Unixでやったほうがいい結果になる。」と言うなら、あなたは科学者だ。あなたが「私たちはMicrosoftのクズは何も使わない、最低だからだ。」と言うなら、あなたはただの狂信者で、それはあなたが良い仕事をする妨げとなる。(グリーンスパンはこの教訓もまた学んだようだ。彼のMicrosoftに対する敵意はほとんどなくなり、最後には「私はどんなデータベースやWebサーバのためにも宗教論争をするつもりはない。」と認めた。頭の良い人たちが学ぶのを見るのはいいものだ。)

しかしarsDigitaがした非常に正しいことが1つあり、それは個人の声に関することだ。Fog Creekにとって私がもっとも重要だと思っているのは、この個人の声をどうやって維持するかということで、私たちにそれができたなら、私はフィリップ・グリーンスパンに大きく負っていることになる。

arsDigitaにとっての春は終わった。arsDigitaはドットコムバブルの間にエンジニアを採用するためにIPOによる富の約束をする必要があり、それはベンチャー資金3800万ドルを要した。彼らの会社は5人から250人に成長した。

そして隆盛していたインターネットコンサルティングサービスのマーケットが、完全に崩壊した。

VCが即座に任命した退屈で保守的なマネジメントは、「単一なデータモデルによる完全な統合で、すべてのビジネス・プロセスに渡る一貫性を確保し、ACSはエンドユーザにとっての価値を最大化するWebサービスを構築して組織に力を与える。」みたいなまったくでたらめなことを言い、マーケティング・コミュニケーションWebサイトにこだわり続けた。

フィリップは去った

あの声は消えてしまった。

arsDigiaが私に思い起こさせるのは、いつだって、ローラーブレードしている女の子や、クラム・スタンドや、チャールズ川のボートや、ニューメキシコの日没や、花や春といった無関係でたわいのない写真なのであり、そしてあなたがWebサイトを作ったとき彼らはやってきて、サイトにあなたの声があるなら、彼らは面倒を見てくれるということだ。私が今日そのWeb サイトに行って、彼らが「エンドユーザにとっての価値を最大化する」と言うのを読むとき、スカッシュの学校代表からジャーナリズム、演劇からキャンパス政治へと飛び回り、世界を変えようといきり立つ大学1年生だったあの輝かしく刺激的な若者のことを考える。しかし彼は今では結婚し、2人と半分の子供を持ち、保険外交員の職について毎日グレーのスーツを着て働きに行く。

成熟には何か悲しいものがある。

しかし空気には春の気配があり、それを埋め合わせてくれる。



この記事の原文(英語)は Spring in Cambridge です。 

ジョエル・スポルスキは、ニューヨーク市の小さなソフトウェア会社  Fog Creek Software の設立者です。イェール大学を卒業後、マイクロソフト社、Viacom社、 Juno社でプログラマとして働きました。


このページは著者の個人的な意見を掲載したものです。
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